| チカPさん |
| 主催者となり頑張った当時の気持ち、苦労した事、エピソードなど |
確か、ほぼ、初チャットの時だったと思います。美香さんと「みち」がチャットしている所におじゃましました。その頃(2000年5月)のコブクロの活動地域は関西。まだストリートの告知を、本人達が掲示板に書き込んだりしている頃でした。みちと「ストリートの告知が書かれても、見に行けないのが悲しいよね」などと話していると「50人ライブをやってみたら?」と美香さんが提案してくださったのが発端です。
しかしその頃の私は、まだちゃんとコブクロの曲を聴いたことがなく、コブクロにどっぷりとつかる前だったので、「本当に50人も集められるのかなぁ」と心配で、躊躇していました。それに対し行動派のみちは、どんどん話を実現化。みちは主催者になり、心配性で消極的だった私は協力者として参加することになりました。
会場の手配、オフィスとの連絡は、全てみちがやってくれたので、私の仕事は人集めと、当日の楽屋作りくらいでしょうか・・・でも、その人集めがとても大変でした。当時、名古屋ではまだコブクロの知名度は0(ゼロ)に等しく、私の周りには、誰1人として知っている人はいませんでした。しかも、私の友達には、普通のOLさんがいないので、そんなに自由じゃなく、仕事の都合がつかなくて、来られない人がいっぱい。コブクロの歌をみんなに聴いてもらいたい という想いとは裏腹に、なかなか人を集めることができなくて・・・結局、ノルマ達成(?)できたは間際。その時はホッとしたものです。
なかば強引に来てもらった友達もいましたが、ライブが終わってみると、みんな「良かった!」と言ってくれて、やって良かったなぁ〜と嬉しくなりました。間近だったこと、生の声だったこともあると思うのですが、心に染み入る歌、音楽に対するひたむきな姿勢、歌とはギャップがあるおもしろいトーク、曲にまつわるステキな話・・・そんなコブクロが、来てくれたみんなの心にも響いたんだと思います。その後、私たちの様に、熱烈ファンになった人もいます。50人ライブをやって、一番心に残っていること。それは、「微力ながら、コブクロを世に広めるお手伝いができた」という嬉しさです。誇りに思います。
初めての関西圏脱出ということで、黒田君運転の車で、4時間かけて到着したコブクロ。駐車場について、ドアを開けたとたん、第一声「遠ひぃ〜〜」と言いながら黒田君は転げ落ちました。(笑)今考えると、すごい体力使わせてましたよね。4時間かけて来てくれて、2時間唄って、また夜中に4時間かけて帰って・・・そうとう印象に残っているようで、未だに名古屋でのライブやラジオで、このことを話してくれます。
会場に入り、仕様を打合せしたり、声を出したり手を叩いたりして、残響をチェックする二人。この姿を見て、ただ唄うだけではなく、ベストの状況で唄おうとしている姿勢に関心しました。
音出しで、鏡に向かって「カウントダウンTVをごらんの皆様、こんばんわ〜」と言っていたコブクロ。最後、駐車場で別れ際に「来年、待っとってや!」と力強く言い残していったコブクロ。この数日前に、メジャーデビューの報告を受けていた二人。今思えば、この二人の行動は、デビューが決まったことが本当に嬉しかったんでしょうね。私たちは、あと1ヶ月半後に知ることになるのですが・・・
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| 当時を振り返ってみて、今現在どう感じているか |
デビュー発表があった時、「嬉しいんだけど、遠くへ行っちゃう様で寂しい」という声をとても多く聞きました。でも私は、心の底から「おめでとう」という気持ちでいっぱいで、嬉しくて、寂しいなんて全然思わなかったのです。その頃、関西へ行くのはまだ『遠い』と感じていたので、デビューすれば、今までよりたくさん見れる、会える、と思ったから。そして、コブクロは離れていかない様な気がしたからだと思います。今でこそ、ライブのチケットが取れなかったり、後ろの方の席で、ちっちゃな二人を見ることになったりして、ちょっと寂しく思ってますけど・・・それでも、心は変わってませんよね。ファンがどんなに増えても、ファンとの距離感はあの時と変わらない。
50人ライブの日、会場を出る時に、会場の担当者に、「ありがとうございました」と深々とお辞儀をする二人。私が初めてコブクロに出会った時も、コブクロに心惹かれたのは『礼儀正しさ』からでした。そんな姿勢のコブクロだからこそ、応援しよう!と思うのでしょうね。
『変わり続ける為に 変わらずにいる』ファンとの距離感も、あの日に感じた、二人の音楽に対するひたむきさも、人や音楽に対する姿勢も、変わらずにいてくれてる。そんなコブクロを、デビュー前から今でも変わらず応援できていること、幸せに思います。
あの頃は、名古屋の表立ったファンは、私たちくらいしかいなかったのに、今は、数え切れないくらいのファンがいる。この現実と、それをずっと見届けてこられたこと、とても嬉しく思っています。
50人ライブで、目に見えない色々な物をもらいました。それはコブクロに出会った日から、今までずっと、もらい続けてますけど・・・この日があったから、コブクロスタッフで居続けられてると思います。コブクロが変わらない限り、ファンは離れていかないだろうし、コブクロスタッフであり続けると思います。
いつも歌で応援してくれるコブクロに、応援のお返しをしたい。目に見えない色々な物をくれるコブクロに「ありがとう」を伝えたい。
ずっと、応援され続けたい、応援し続けたい と思っています。「これからも応援してください。そして、応援させてください。」
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| みち・加藤美智子さん |
| 『名古屋50人ライブ』を主催したことを振り返って |
もう2年以上も経つんですね・・・。その頃はメジャデビューするなんて思ってませんでした。
いえ、するかもしれないとは思ってたけど、きっとまだずっと先のことかなぁって思ってました。
私は大阪でコブクロに出会いました。当時コブクロの活動は関西が中心でした。遠くて関西には行けないって当時は思っていたので(苦笑)「早くビックになって名古屋にもライブに来てもらいたい」と常々思ってました。コブクロHPのチャットルームで管理人の美香さんに「名古屋でも50人ライブできるかも」という発言で決意をしました。地元名古屋でコブクロにライブをしてもらおう!と。
一番大変だったのは50人集めることでした。6月のハートランドでのライブの時に配ったチラシの反響はたったの1人(苦笑)会社の同僚、学生時代の友達、後輩。あとは友達の友達。友達の友達の友達。家族、家族の友達までも総動員(笑)ライブ前日にやっとギリギリの50人。まだデビューもしていない「コブクロ」という2人組のライブにしかも活動は関西中心だったので名古屋ではほぼ無名の2人組のライブによく来て下さったものだと、集まってくれた方々に感謝しています。そしてわざわざ名古屋までライブをしに来てくれたコブクロの2人には本当に感謝しています。
会場の手配、手続き、打合せ等、平日の昼間にしか出来なくて社会人の私には大変でした。会場を貸してくれた中電ビル(株)文化事業部の方にも感謝します。オフィスの方にも感謝します。日程の件、コブクロのスケジュールと会場の空きがなかなか合わず何度も変更すみませんでした。
ライブを「やってもらう」という気持ちでいた私に「それじゃあ、明日頑張りましょうね!」っていう前日の打合せでの小渕君の言葉。「あ・・・!やってもらうんじゃなくて一緒にライブを作るんだ」っていう気持ちに変わりました。
ライブは2時間以上。会場の撤収の時間ギリギリまで・・・。やはりMCの時間が長いからでしょうか?(笑)今でもその点は変わってませんね(笑)
4時間半も運転してきてくれたこと。
買ったばかりのギターで演奏してくれたこと。
帰り際、楽屋の鍵がなかなか見つからず
「夢の中へ」を歌いながら一緒に探したこと。
駐車場の前の歩道に記念のサインをしてくれたこと。
いろんな思い出があります。
ライブの合間に話してくれた『涙』の話。2年経ってもなお私の心を温かくしてくれます。
「涙という歌詞がボクらの歌いっぱいでてくるんですけれども、悲しいとき、当然嬉しいときにも涙を流すんですけれども、涙というのは流れたらイヤなものという気になるじゃないですか、泣いたらあかんとか、なんでこんなに涙がでるんやろうとか、こらえようとかするんですけど、それはいいんです。ホンマはもともと出るものであって、それが本来の元の姿に戻ってるんだと思えば泣く前の自分は無理をしていたんだと思えばいいんです。戻ったんだと。なぜかと言うと「さんずい」に「もどる」と書いて涙と読むじゃないですか。だから「戻った」と思えば全然つらくない、悲しくなかったんだと。次に進めばいいじゃないですか。」
「来年見といてな!」とデビューを匂わせつつ帰っていった2人。
本当にメジャーデビューして各メディアで活躍している2人。
全国でライブをして多くの人に生歌を届けている2人。
「やる以上は1番になりたい」という言葉通り今でも前進しつづける2人。
そんな2人を今も応援できていることが嬉しいです。 |
| 当時を振り返って今思うこと。 |
50人集めるのが精一杯だったのに2年後には愛知県勤労会館のチケットが即日完売。あの日の何十倍もの人が「コブクロ」を聴きに集まってくれる。名古屋でもこんなに多くの人が「コブクロ」を知ってくれている。こんなに嬉しいことはありません。
当時ライブに来てくれた友達もそのライブに参加してくれます。活動が無駄じゃなかったこと、人数は少なくても地元の友達に、そして名古屋の人達にコブクロの音楽を届けることが出来たことを誇りに思います。コブクロと一緒にライブを作れたこと。一生の思い出です。50人ライブを主催させていただいたことに感謝します。
「より多くの人にコブクロの音楽を届けたい」っていう気持ちに当時から変わりはありません。
これからも精一杯の感謝の気持ちをこめてコブクロをずっとずっと応援させてください。 |